ミャンマーとの繋がり

弊社の創業者である鈴木正勝は1937年の生まれです。
鈴木の父は太平洋戦争の際、ビルマ戦線に出征しその地で命を落としました。
残念ながら遺骨の回収もされておらず、弊社がミャンマーでの仕事をすることになったのも何かしら運命的なものを感じる部分もございます

 

2010年に初めてミャンマーでの仕事を始め、当初はまだまだわからないことだらけ。
2013年に仕事も少し落ち着いたこともあって、ようやく墓参りに行くことができました。
当時の記録から、ミャンマー北部のインドーという街にあった日本軍の病院で亡くなったことはわかっておりました。

インドー

2013年11月にバスと途中からはチャーターした車でインドーへ向かいます。
インドーという街はすぐ近くに大きな湖(インドー湖)があり、また街の東側には日本軍の病院があったそうです。
鈴木の父はインドー湖の西側で銃撃にあい、この病院に運び込まれましたが残念ながらその病院で亡くなったそうです。
既に入り口は塞がれてしまっていますが、内部には当時のベッドなどがまだ残されていると、地元の人のお話です。
また湖の北側には「平和パゴダ」と呼ばれるパゴダもありました。

・平和パゴダ

・平和パゴダ内にある日本軍の碑

・病院があった場所はジャングルの中

・現在は塞がれてしまっているが、かつてはここが病院の入り口であったという

 

 

この訪問についてはミャンマーの全国紙(The Daily Eleven)でも取り上げられました。

 

 

こうしたある種運命的ともいえるミャンマーとの繋がりができたのが2010年。
お陰様で現在までミャンマーの地で仕事をさせていただいるとともに、
こうして日本の皆様にミャンマーのビールを届けることもできるようになりました。

引き続き微力ながらも日本とミャンマーの架け橋となれるように努力して参ります。